通常の学級での特別支援教育
特別支援教育はこれまで、障害のある子どもへの教育として進んできました。しかし、平成19(2007)年4月の学校教育法一部改正にともない、通常の学級においても特別支援教育を進めることが法的に位置づけられました。支援の内容や程度は異なりますが、すべての学校、すべての学級で特別支援教育が進められることになりました。
これまでは特殊な世界のこと、別の次元の話のようにとらえられていた特別支援教育が、一気に身近な存在になった一方で、教師側の意識を変えることには難しさもありました。そのため「特別でない特別支援教育」などという表現で、学校現場に漂いがちな抵抗感や負担感を緩めようという動きも見られました。
「特別でない」というキャッチフレーズには功罪両面があるように思います。既存の指導に新たな視点や方法を取り入れるきっかけとして機能し、特にICT機器の活用が支援を必要とする子どもの学びを支えることが広く知られるようになりました。そうしたプラスの側面の一方で、普通に近づける、特別支援だからといって別の対応をしない、これまでと大きく変わりはないという残念な意味合いに受け取られる懸念も生まれました。
デジタル教科書という心強いアイテム
そのような流れの中でデジタル教科書(※)が教室に新たなアイテムとして加わりました。
その機能は多種多彩です。
読むことが苦手な子どもには、本文中の全ての漢字にふり仮名をつけた状態の総ルビや、文字色・背景色を変える、拡大する、ハイライトをつけるなど、これまでは保護者や支援者が頑張ってコピーしたり書き入れたりして手伝っていたようなことを瞬時に変更できる機能が標準装備されています。文字を拡大したときに、文章を改行しながら表示してくれるリフロー表示の機能は、子どもたちの使い勝手を考えたきめ細やかな心遣いすら感じます。
読み上げる機能も活用でき、従来であれば支援員やボランティアがその子どもの横について行っていたようなサポートまで実現できるようになりました。読み上げのスピードも選択することができます。
書くことが苦手な子どもには、動画で漢字の筆順を確認する、部首を色分け表示できるなど、これまでの紙の教科書では全く実現できなかった機能が備わっています。
「サポート」ボタンで総ルビを表示(左)
リフロー表示「ほんぶん」の設定から文字の大きさや書体、行間の広さなどを変更できる(右)
背景やハイライト色を個々にカスタマイズできる。また白黒反転表示も可能
- 筆順アニメーション。一画ずつ赤く表示されるのでわかりやすい
- 部首を押すと、青で表示される
さらに、マイ黒板という機能では、指でなぞった教科書上の単語や文章を抜き出してカードにして張り付けたり、移動させたりすることができます。この機能によって、書くことに制約がある子どもでも思考するためのツールが手に入ったことになります。
これらの機能で、読み書きに困難を抱えている子どもにとってのバリアがなくなり、目の前が一気に開けるような状況になりました。
文章などを簡単に抜き出せるほか、ペンやスタンプで書き込むことができる。
マイ黒板は一単元で10枚まで作成・保存可能
すべての子どもたちが特別
ICT機器が当たり前にある中で育ったデジタル・ネイティブ世代の子どもたちは、すぐに機器を使いこなすことができるようになります。直感的にどう動かせばよいかをよく知っていますし、自分なりのやり方を発見することにも長けています。
もはや特別ではないことを目指すのではなく、すべての子どもたちがそれぞれにとっての特別な使い方や学び方を選べる時代なのです。
このように子どもたちの学びの世界が広がりつつある現状に対して、苦労や試練を乗り越えなければ人は成長しないという旧来の価値観に囚われている大人ほど、これは甘えだとか、これでは社会では生き抜いていけないとか、世の中はそんなに甘くないといった論理を持ち出しがちです。
学校現場の重く苦しい雰囲気は、大人の生存者バイアス(私たちはこうして乗り越えて今のポジションに辿り着いた)や正常性バイアス(私の考えや方向性は間違っていない)などの思い込みや決めつけによって生まれます。
思い込みや決めつけの激しい大人ほど、自分自身の枠組みに固執するため、新しいツールやアイテムの到来をなかなか受け入れようとしません。流行りという言葉で片付けようとすることもしばしば見られます。さらに、授業中に遊び始めたらどうするといった心配を持ち出して、たくさんの制限をかけてしまうこともあります。
もしかすると、そのような人たちは、自身のこれまでを覆したくなくて、自分から近づいていかないのかもしれません。たしかに、これまでの上に現在の教育環境が成立していることは理解できます。しかし、教育というものは常に「これから」の方向性を視野に入れる必要があります。そのためにも、いま、この瞬間の学びの充実を目指していかなければなりません。
デジタル教科書で授業の広がりとナチュラルなサポートが可能に
これからは、デジタル教科書を使うことがごく自然な光景になっていくはずです。
私も実際に、光村図書の国語と英語のデジタル教科書を使ってみたところ、紙の教科書という枠組みをはるかに超える機能に驚きました。
(1)さまざまな補足動画資料が掲載されている。(ビジュアル面で情報が補足されることで、クラス全体の理解レベルを揃えることができる。)
動画は短時間で端的にまとめられている。
話すこと・聞くこと単元の活動例も参考になる。
(2)説明文に収録されているワーク「とらえよう」には、内容をおおまかにとらえたり、段落の構成をつかんだりすることに役立つコンテンツがある。(段落ごとの要点のまとめや、スタンプを使った思考の整理が可能になったため非常に分かりやすい。)
(3)「マイ黒板」では、本文から文章などを抜き出したり、文字を書き加えたりしながら思考を整理することができる。
(抜き出した文章などはカード化される。それを動かすことや、どこから抜き出したのかページ数を確認することもできる。これは秀逸である!)
次に、特別支援教育の視点から、さりげないサポートが実現できていると感じた機能を6つ紹介します。
- ①教科書に文字を書き込んだり、消したりすることができる。(紙の教科書は、一度書くとなかなか消せないので子どもたちも苦労していた。)
- ②直線や枠を書き込むことができる。(不器用な子どもは、これまで定規を使う場面でイライラしていた。)
- ③挿絵だけをピックアップして示したり、印刷したりできる。(挿絵がページをまたぐとよく理解できないという子がいます。授業づくりの大きなヒントにもなる。)
- ④本文を1枚に全文表示して印刷することができる。(導入時に用いたり、全体を一目で分かりやすくまとめていったりすることができるなど、使い方は様々である。)
- ⑤スタンプの機能で、誰の会話かを区別したり、説明文の構成を分かりやすくしたりすることができる。(子どもたちが試行錯誤しながら、自分の教科書をカスタマイズできるところが素晴らしい!)
- ⑥教科書の巻末に掲載されていた「ことばのたからばこ(言葉の宝箱)」のページだけを取り出して単元に合わせて表示できる機能がある。(既習学年の分まですべて表示することができ、さらに自分なりに書き加えることもできる。特別支援教育では感情の語彙の乏しさが話題になることが多く、このページは重宝していた。それがさらに機能を拡充していることには驚きである。)
子どもたちからのリクエストでバージョンアップも
ここまで紹介してきた内容は、デジタル教科書のごく一部の機能です。使い方によっては、もっともっと子どもに寄り添うことができるでしょう。
実践事例が積み上がることで、これまで救い切れなかった子どもたちの努力が報われることもあるでしょうし、場合によっては子どもたちから、こういう機能があったほうがよいというリクエストが出てきて、さらに使いやすようにバージョンアップされていく可能性もあります。
デジタル教科書を使うかどうかを逡巡する時代はとうに終わりました。これからは使いこなして、子どもたちの思考力と課題解決力の向上につなげていく段階だと思います。
子どもたちは、私たち大人が見ることができない未来を手に入れることのできる存在です。彼らが作ろうとする社会は、今の学びが充実しているかどうかにかかっていると言っても過言ではないでしょう。
※本文中のデジタル教科書は、デジタル教科書(教材)・デジタル教科書+教材を含む総称として表記しています。
商品により搭載している機能は異なる場合がございます。
川上康則(かわかみ・やすのり)
1974年、東京都生まれ。東京都立矢口特別支援学校主任教諭。公認心理師、臨床発達心理士、特別支援教育士スーパーバイザー。立教大学卒業、筑波大学大学院修了。肢体不自由、知的障害、自閉症、ADHDやLDなどの障害のある子に対する教育実践を積むとともに、地域の学校現場や保護者などからの「ちょっと気になる子」への相談支援にも携わる。著書に、『通常の学級の特別支援教育 ライブ講義 発達につまずきがある子どもの輝かせ方』(明治図書出版)、『こんなときどうする? ストーリーでわかる特別支援教育の実践』(学研プラス)など。