Loading

インクルーシブ教育における
デジタル教科書及び ICT の有⽤性

現在、文部科学省はインクルーシブ教育システムの構築を進めようとしています。現場においてこのプロセスを実行していくためには、まず多様な子どもたちが学校に在籍していることを前提とした校内環境やカリキュラムになっているかを再度問う必要があると思います。それは、現場の教員一人一人が「私がしている授業は、主流と言われている人たちだけを対象とした授業になっていないだろうか」と問うということでもあります。授業は、そこに参加している全ての子どもたちの平等に学ぶ権利が保障される場でなければならないからです。

インクルーシブ教育×ICT詳細

香川大学 坂井聡教授

一人一人の実態に応じた授業をするために大切にしなければならないことは、合理的配慮(※1)について考えることです。つまり、様々な気質のある子どもたちが在籍するクラスで、どの子どもも同じ土俵にのるためには、一人一人の実態に応じて必要かつ適当な変更・調整を行う等の特別な配慮が必要だということなのです。黒板や教科書の文字等が見えにくい場合、視力に合わせて度を調整した眼鏡をかけて授業を受けると思いますが、そのときの眼鏡に当たるものが合理的配慮のようなものだと考えるとイメージしやすいかもしれません。これが合理的配慮の提供という発想です。障害者の権利に関する条約第24条にも、「インクルーシブ教育システム」を実現するためには、個人に必要とされる合理的配慮が提供されること等が記載されています。

個人に必要とされる合理的配慮の提供がなされると、2021年の中央教育審議会答申(※2)で示された「個別最適な学び」が実現できるのではないかと考えます。ここで示された「個別最適な学び」とは、特別な支援が必要な子どもたちも含め、一人一人の理解状況や能力、適性に合わせて個別に最適化された学びを行うことを指す言葉です。文部科学省は、時代の変化に合わせて必要な資質を育むためにも、ICTを最大限活用し、これまで以上に「個別最適な学び」と「協働的な学び」を一体的に充実させ、カリキュラム・マネジメントの取り組みを一層進めると言っています。しかし、先生方の中には、文部科学省はそのように言っているが、一斉授業が中心の教育環境では、個別に最適化された学びの環境を用意することは困難だと思われた人も少なからずいたはずです。

「個別最適な学び」がICTの活用によって実現するかもしれないと現場の意識が一気に進んだのは、新型コロナウイルスによる一斉休校でした。学校に来ることができない状況でも、子どもたちの学びを止めることがないようにするために、GIGAスクール構想が一気に進み、1人1台の情報端末が配られることになったからです。1人1台端末が実現したことで、ICTの特長を生かすことができれば、それを活用して「個別最適な学び」を実現できるのではないかと現場の教員が感じる機会ができあがったということです。遠隔授業を実施したことで、これまで不登校傾向であった子どもたちが授業に参加している姿を目の当たりにした教員も少なくなかったはずです。現場の教師が教育におけるICT活用の可能性を感じる大きな出来事だったということなのです。このように、ICTの活用が様々な気質のある子どもたちの、個別に最適化された学びの環境を作ることにつながれば、文部科学省が目指すインクルーシブ教育システムの構築も可能になると考えられます。個別に最適化された学びの環境を作るために、ICTの活用が考えられるということなのです。

そこでここでは、ICT活用の一つとして、デジタル教科書の活用を例として、「個別最適な学び」をどう実現していけばよいのかを考え、その有用性を確認していきたいと思います。
デジタル教科書の効果と影響については、文部科学省が令和5年3月に公表した報告書が参考になります。ここでは、「学習者用デジタル教科書の効果・影響等に関する実証研究事業」成果報告書の内容から考えてみたいと思います。

報告書の中では、デジタル教科書の次のような機能が、児童・生徒の学習上の困難さを補完・軽減できる可能性があると示しています。これは、「個別最適な学び」に直接関係があるものだと思います。以下に示します。

1.音声読み上げの機能について、特に耳からの情報が入りやすい児童・生徒にとって教科書内容の理解度向上に効果があると考えられる。

インクルーシブ教育×ICT詳細

本文上の読み上げている箇所が
ハイライト表示される

2.視覚機能の補助機能について、教科書内容を読み込む際の作業負担を軽減することになるため、有用な機能だと考えられる。

インクルーシブ教育×ICT詳細

3.漢字のルビ振りの機能は、漢字の読みへの不安が解消されて、学習意欲の高まりにつながることが期待できる。

インクルーシブ教育×ICT詳細

4.音声入力・キーボード入力について、書き写し作業の負担の軽減につながり注力したい活動の時間を確保できる点が有用である。

インクルーシブ教育×ICT詳細

5.ICTの活用は、集中力を持続させるために有効である。

の5点です。

また、児童・生徒個人のこれまでの学びの過程が可視化されたデータは、教員が自分の授業の進め方や内容を振り返る資料としたり、児童・生徒に助言する際の資料にしたりすることもできると考えられます。児童・生徒も毎時間の授業の内容を継続的に蓄積・可視化できるので、自分の学習成果を分析し、自己調整する能力につながることも期待できます。しかし、デジタル教科書やICTを導入すれば必ず同じように効果が得られるわけではありません。

デジタル教科書やこれらのICT活用を考えるとき、現場の教員が特に考えておかなければならないのは、その授業で学ばせたい本質は何であるのかを常に意識しておくことです。鉛筆できれいな文字を書けるようになることが実施する授業の本質であれば、ICTを使う必要はないでしょうし、作文など書かせる必要もないでしょう。なぜならば、作文の本質は自分の意見を文章にして表現することが本質であって、きれいな文字を書くことが本質ではないからです。上記に示したような効果を発揮するためには、まず、教員が授業の本質をしっかり考え、それを達成するためにはICTのどのような特長が活用できるのかということを考える必要があるのです。本質を無視して、こうでなければならないと枠を作ってしまったら、ICTの活用の幅も狭くなってしまい、その恩恵を受ける子どもの数も減ると考えられるからです。

これまで、デジタル教科書を中心に「個別最適な学び」にICT活用の可能性があることを述べてきました。授業に参加しているすべての児童・生徒が、達成感と充実感を味わうことができる。そんな授業を実現するための一つの方法としてICTは有効です。そして、それはインクルーシブ教育システム構築の一助となることを忘れてはならないのです。

  • ※1合理的配慮について、文部科学省では、「障害のある子どもが、他の子どもと平等に「教育を受ける権利」を享有・行使することを確保するために、学校の設置者及び学校が必要かつ適当な変更・調整を行うことであり、障害のある子どもに対し、その状況に応じて、学校教育を受ける場合に個別に必要とされるもの」であり、「学校の設置者及び学校に対して、体制面、財政面において、均衡を失した又は過度の負担を課さないもの」と述べています。
  • ※22021年中央教育審議会答申「『令和の日本型学校教育』の構築を目指して~全ての子供たちの可能性を引き出す、個別最適な学びと、協働的な学びの実現~」

参考文献

  • 初等中等教育段階における「合理的配慮」の定義等 (文部科学省 2012)
    「令和の日本型学校教育」の構築を目指して ~全ての子供たちの可能性を引き出す,個別最適な学びと,協働的な学びの実現~(答申) 中央教育審議会 (2021)
  • 令和4年度「学習者用デジタル教科書の効果・影響等に関する実証研究事業」成果報告書(文部科学省)

どのページを見たらいいの?

フリーワード
検索で即解決!

導入サポート・利活用サポートの
ページの中で最適なページをご案内いたします。

私がお手伝いするよ!

SEARCH